LIFE ep.2:活字という荒野を「耳」で飼い慣らす。読書が習慣に変わるまでの試行錯誤

こんにちは、ソウスケです。

前回は、私の日々の核となる「習慣化」への挑戦と、その相棒であるロロマクラシックについてお話ししました。習慣化とは、自分という人間をアップデートし続けるための贅沢な遊び。今回は、その遊びの中でも私が最も苦労し、そして今では最も自分を支えてくれている「読書」という習慣について、その泥臭いプロセスを共有させてください。

今の私は、3日に1冊のペースで本を読み、そこから得た知識や勇気を糧にYouTubeやこのブログで発信活動をしています。傍目には「読書家」に見えるかもしれません。けれど、ほんの数年前までの私は、活字を数ページ追うだけで意識が遠のくような、典型的な「本が読めない大人」でした。

なぜ読めなかったのか。どうやって「読まずにはいられない」体質に変わったのか。そこには、2026年の今だからこそ選べる、ある現代的な生存戦略がありました。


「つべこべ言わずに始めよう」という傲慢と挫折

私が読書を習慣にしようと決めた理由は、至極単純なものでした。 世の中で何かを成し遂げている人、私が「格好いい」と思う人たちが、判で押したように口を揃えて「本を読め」と言っていたからです。

「読書をしている人は、頭が良さそうに見える」 「本を読めば、今のこの閉塞感から抜け出せるのではないか」

そんな漠然としたイメージと、変わりたいという焦燥感。私はコンプレックスを力に変えるべく、ブックオフで100円の自己啓発本を何冊か買い込み、意気揚々とデスクに向かいました。

しかし、結果は散々なものでした。 まず、面白くない。正確に言えば、面白いと思える段階まで辿り着けないのです。 一文字一文字を追い、文脈を理解しようと努める行為が、私にとっては苦行でしかありませんでした。内容が全く頭に入ってこないまま、ただ視線が紙の上を滑っていく。 「自分に興味がない分野だからダメなんだ」と思い、大好きなガジェットのムック本や技術書を手に取ってみても、結果は同じ。

気づけば、買ってきた本はデスクの隅で、真鍮のペーパーウェイトの下に積まれたまま「積読(つんどく)」という名のインテリアに成り下がっていました。


10年の空白、錆びついた活字の感度

ここで私は一度、立ち止まりました。 「なぜ、これほどまでに本が読めないのか」

振り返れば、大学生くらいまでは東野圭吾や宮部みゆきといったミステリー小説を、それなりに好んで読んでいた記憶があります。あの頃の私は、物語の先が気になって徹夜するような熱量を持っていたはずでした。

けれど、社会に出てからの約10年間。私の情報摂取は、細切れのSNSや、分かりやすくパッケージ化された動画コンテンツに、完全に乗っ取られていました。 140文字の短文や、数分の動画。そこに慣れきった私の脳は、数万文字という長い「文脈」を追い続ける筋力を、完全に失っていたのです。

「10年読まないと、ここまで脳は錆びるのか」

その事実は、私にとって大きなショックでした。自分はもう、深い思考の海に潜ることはできないのかもしれない。そんな絶望感に近い落胆の中で、私は「目を休ませる」という逆転の発想に出会います。


救世主は「耳」からやってきた:Audibleという衝撃

いきなりつまずいた読書の習慣化。そこで私が導入したのが、いわゆる「聞く読書」――音声読書サービスでした。私が選んだのは、AmazonのAudible(オーディブル)。最初は「キャンペーンでお得だから」という軽い気持ちで始めたのですが、これが私の人生を大きく変えるトリガーとなりました。

私には、朝晩それぞれ30分から45分ほど、犬の散歩をするという日課があります。 これまではただ音楽を聴いたり、ボーッと歩いたりしていたこの時間が、Audibleを導入した瞬間から、最高に濃密な「書斎」へと変貌したのです。

散歩という軽い運動と、外の空気、そしてプロのナレーターが語りかけてくる「声」。 これが驚くほど私の脳にフィットしました。活字を追う時に感じていたあの「停滞感」が嘘のように、物語や知識がスムーズに流れ込んでくる。

私はすぐに、「2倍速」で聴くというスタイルを確立しました。 最初は速すぎるように感じますが、慣れてくるとそのスピード感が心地よい。脳が情報を処理するリズムと、散歩の足取りがシンクロし、歩けば歩くほど頭が冴え渡っていく。

まずは自己啓発系から。次にビジネス書。そして10冊に1冊程度は、昔好きだったミステリーや流行の小説。 散歩中のAudibleに熱中し、読みたいと思ったものを片っ端から「聴き」漁る日々。気づけば私は、本の内容について誰かと語りたくてたまらない自分に気づきました。


Kindleとの再会、そして「二刀流」の完成

Audibleによって、私の中の「文脈を追う筋力」が少しずつ回復してきた頃。私はAmazonの読書端末、Kindleを購入しました。 「耳で聴けるようになったのなら、目でも読めるようになっているのではないか」

再度、活字への挑戦です。 厳密には電子書籍ですが、物理の本に近い感覚で読めるKindleを手に取り、恐る恐る一冊のページをめくってみました。

すると、不思議なことが起きました。 あんなに苦行だった活字の海が、驚くほどサラサラと泳げるようになっていたのです。

おそらく、Audibleで「語彙」や「文章の構成」を耳から大量にインストールしたことで、脳が活字を認識する際の負荷が劇的に減っていたのでしょう。以前は単なる「記号の羅列」に見えていたものが、今は確かな「意味の連なり」として立体的に浮かび上がってくる。

現在の私は、Kindle(電子書籍)、物理の本、そしてAudibleを、シーンに合わせて使い分ける「ハイブリッド読書」を楽しんでいます。

  • 移動中や散歩中: 耳で「聴く」Audible。
  • カフェや寝る前の静かな時間: じっくりと「目で追う」Kindleや物理本。
  • デスクで深く思考を整理したい時: 物理の本を傍らに置き、ロロマクラシックにメモを走らせる。

この二刀流、あるいは三刀流のスタイルによって、私は今、3日に1冊のペースで本を読むことが習慣化できています。


読書という「安心感」が、挑戦の盾となる

読書が習慣になってから、私の内面には一つの大きな変化が訪れました。 それは、「底知れぬ安心感」です。

かつての私は、常に漠然とした不安の中にいました。「このままでいいのか」「自分は何も持っていないのではないか」という焦り。 けれど今は、何か問題にぶつかっても、あるいは新しい挑戦を前に足がすくみそうになっても、「本を読めば、必ずどこかに先人の知恵という解決策がある」という確信があります。

読書をしないと、むしろ落ち着かない。 それは依存ではなく、自分の知的好奇心が常に満たされていることへの信頼感です。この安心感があったからこそ、私はYouTubeやこのブログという、かつての自分では考えられなかった「発信」という荒野に飛び出すことができました。

「インプットしたらアウトプットせよ」 よく言われる言葉ですが、私はその意味をようやく身をもって理解しています。 たくさんの本を読み、自分の中に溜まった熱量が、コップから溢れ出すように言葉として外に出ていく。それが今の私のYouTubeであり、ブログなのです。


結びに:読書という相棒を連れて、次なる冒険へ

読書を習慣化することは、一筋縄ではいきませんでした。 けれど、無理に古い手法に固執せず、AudibleやKindleといった現代の利器を柔軟に取り入れたことで、私はかつて失った物語と知恵を楽しむ能力を取り戻すことができました。

今、私は発信活動を通して、少しずつですが世の中と繋がり、誰かの役に立てているという手応えを感じています。これは大変な作業ではありますが、それ以上に深い幸福感と充実感を与えてくれます。この充足感の源泉は、間違いなく、日々の読書というインプットにあります。

もしあなたが、今「本を読みたいけれど、続かない」と悩んでいるなら。まずはつべこべ言わずに、Audibleで耳から始めてみてください。犬の散歩中でも、通勤電車の中でも、皿洗いの最中でもいい。

活字の海を泳ぐ前に、まずは言葉の波を耳で感じることから始めてみる。その先には、以前とは違う景色が、そしてもっと自信に満ちた新しい自分が待っているはずです。

最後になりますが、私が読書習慣を本格的にリスタートさせるきっかけとなった、Kindleを購入した際の開封レビュー動画も公開しています。もしよろしければ、あの時の高揚感を分かち合うような気持ちで、あわせてご覧いただけると嬉しいです。

これからも私は、読書という最高の相棒に力を借りながら、さらに勇気を持って、楽しみながらこの浪漫企画を続けていくつもりです。

それでは、また次の「断片」でお会いしましょう。

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この記事を書いた人

ソウスケ / 浪漫企画 主宰

動画クリエイター。「ロマンは矛盾だらけ」YouTubeチャンネルにて、ガジェットやレザー、キャンプギアなど、実用性だけでは語れない“こだわり”を追求。

最新デバイスをアナログな鞄に詰め込むような、理屈を超えた「ロマン」の摩擦を愛する。この場所は、僕が選び抜いた道具たちの深い記録です。

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