前回の記事では、僕がかつて抱えていた「言語化へのコンプレックス」と、それをどうやって克服してきたかという、ちょっと真面目な話をさせていただきました。
今回は、それとは打って変わって、僕の日常の他愛もない雑談にお付き合いください。 実は、僕のYouTubeチャンネルのタイトルである「ロマンは矛盾だらけ」にも繋がるお話なのですが、僕は日々、自分の中にあるたくさんの「矛盾」にめちゃくちゃ振り回されていて、自分でもちょっと困っている、というお話です(笑)。
自分で言うのもアレですが、僕は基本的に「好きなモノや事」がたくさんあるタイプです。 新しく面白そうなものを見つけると、すぐに興味を持って手を出してみる。もちろん、どっぷりハマることもあれば、意外とすぐに熱が冷めてしまうこともあります。
しかも、その「ハマり具合」が、自分のその時のタイミングや気分次第でコロコロと変わったりするので、自分でも自分の取扱説明書を作るのが難しいなと感じています。

ミニマリストになりたい僕と、心配性な僕の戦い
例えば、僕が一番分かりやすく振り回されているのが、「カバンと、その中身のアイテム」です。 僕は毎日、自分の持ち物を1点1点じっくり吟味して選ぶのが大好きです。お気に入りのガジェットや小物をカバンのポケットにどう配置するか、綺麗に整理整頓されている状態を眺めるだけで、なんとも言えない充実感があります。 ファッションが好きな人が、「今日はどの服とどの靴を合わせようか」と全身のコーディネートを楽しく悩む感覚に、すごく近いと思います。
問題は、そのコーディネートの「方向性」が、時期によって真逆になってしまうことです。
ある時期は、「必要最低限のモノだけをスマートに持ち歩くのが格好いい」という、いわゆるミニマムな美学にどっぷりハマります。財布とスマホ、あとは小さなメモ帳くらいを小さなバッグに滑り込ませて、軽快に出かけたくなる。
ところが、また別の時期になると、今度は「いつ何が起きてもいいように、用意周到に準備をしておきたい」という、マキシマリスト(荷物多めな人)のスイッチが入ってしまうんです。 お気に入りのラジオも入れたいし、カセットプレイヤーも持ち歩きたい。万が一のために充電器は2個持って、ノートとペンも数種類カバンに忍ばせておく……といった感じで、どんどんカバンが重くなっていきます。
必要最低限のスマートさも好きだし、あれもこれも詰め込んだ安心感も同じくらい好き。 「どちらか一方に決めろ」と言われても、本当にどちらも魅力的で、決められないのです。その時々にハマっているアイテムや季節によって、僕の装備は驚くほどガラリと変わってしまいます。
「飽きたんじゃない、今の気分が違うだけ」という弁明
心の中では、いつも「あぁ、やっぱり僕のロマンは矛盾だらけだな」と可笑しく思っているのですが、これを人に理解してもらうのって、本当に難しいんですよね。
一番の被害者(?)は、僕のすぐ隣にいる妻です。 カバン選び一つにしても、僕があまりにもコロコロとスタイルを変えるので、「前と言ってることが全然違うじゃん」とか、「せっかく買ったのに、もう飽きるの早すぎない?」といった、ごもっともな文句をよく言われます。
でも、モノ好きの立場から言わせていただくと、決して飽きたわけじゃないんです。そのアイテムのことが嫌いになったわけでも、魅力が薄れたわけでもありません。
「ただ、今の気分が、そっちじゃないだけ」なんです。
一度マキシマムな荷物に振り切ると、しばらくして「あ、ちょっと一回すっきりさせたいな」と思ってミニマルに戻る。逆に、ミニマルを極めすぎると、今度は「あのお気に入りの道具たちをカバンに詰め込んで歩きたいな」と恋しくなる。 この、右へ左へと揺れ動く振り子のような状態そのものが、僕のデフォルト(通常運転)なのだと思います。
モノ好きに突き刺さる最高の褒め言葉
そんな矛盾だらけの僕ですが、ガジェットやモノが好きな界隈で、昔からものすごく共感してしまう大好きな言葉があります。
それが、「絶対にいらないけど、めっちゃ欲しい」というフレーズです。
皆さんも、ネットのレビューやSNSで一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。 冷静に考えれば、自分の生活には今すぐ必要ない。それを持っていなくても、何一つ困らない。100%「いらない」ということは、自分自身の頭が一番よく分かっているんです。
それなのに、ひとたびその道具が持つデザインや、素材の質感、男心をくすぐる機能美を見てしまうと、胸の奥から「とにかく欲しい!」という凄まじい衝動が湧き上がってくる。
例えば、実用性だけで言えばスマホで事足りるのに、あえて持つアルミ削り出しのハンディファンだったり、何冊も持っているはずなのに欲しくなる蔵前のオーダーノートだったり。 「いらない、だけど欲しい」 このロジックを超えた衝動って、モノ好きにとっては本当に抗いがたいものがありますよね。
これが世間で言う「男のロマン」なのかどうか、正確な答えは分かりません。もちろん、すべての男性が僕と同じようにモノを見て悶絶しているわけではないと思います。 でも、もし僕のブログやYouTubeを見てくれている方の中に、「あ、そのめんどくさい気持ち、よく分かるよ」と小さく共感してくれる同志がいてくれたら、これほど救われることはありません。
矛盾している自分を、そのまま愛せるように
かつての僕は、こういう自分のブレやすさや、一貫性のなさに、どこかコンプレックスを感じていた部分もありました。「もっと芯の通った、ブレない大人にならなきゃいけないんじゃないか」と、無理に自分を一つの型にはめようとしていた時期もあります。
でも、今はそんな自分の矛盾も、ひとつの個性として面白がれるようになってきました。 ミニマルな自分も、荷物が多い自分も、どっちも僕自身だし、どっちのスタイルで過ごす毎日も、それぞれ違った楽しさがあるからです。
僕はこれからも、きっとたくさんのモノに目移りし、前と言ってることが変わったりしながら、あちこちへ脱線し続けていくと思います。
だからこそ、その自分の中にある「めんどくさくて愛おしい矛盾」を、ただのワガママで終わらせるのではなく、見にきてくれる皆さんに「なるほど、それは欲しくなるね」と上手に伝えられるようになりたい。 そのために、YouTubeの動画作りや、このブログでの文章執筆という「トレーニング」を、これからも淡々と、楽しみながら続けていこうと思います。
自分の現在地を面白がりながら、言葉と映像を磨いていく。 そんな僕の不器用な試行錯誤に、これからも緩やかにお付き合いいただけたら嬉しいです。


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