CAREER ep.5 | 自分の「値段」を知る恐怖を超えて。市場価値という名のGPSと、僕たちの現在地。

このブログは、僕にとって一種の日記であり、人生という名の実験室のレポートでもあります。 日々の些細な道具の浪漫を語ることもあれば、自分に課したストイックな挑戦の裏で起きてしまったしくじりを告白することもある。

今回は、そんな個人的なライフログから少しだけ視座を上げて、もっと抽象的で、けれど僕たちの人生の大部分を占める「仕事」というものについて、僕なりの思索を巡らせてみたいと思います。

突然ですが、皆さんは自分自身のことを「仕事ができる人」だと思いますか?

この問いに対する答えは、非常に難しい。なぜなら「仕事ができる」という定義は、会社や職種、あるいは時代によって簡単に書き換わってしまうからです。だからこそ、昨今のビジネスシーンでは、より客観的な指標として「市場価値」という言葉が飛び交うようになりました。

「自分の本当の市場価値はいくらくらいなんだろう」 「もし、今この会社を辞めて転職したら、年収はいくらもらえるだろう」

そんな風に、自分の「値段」を頭の片隅で値踏みしたことがある人は、決して少なくないはずです。

30歳を過ぎて手に入れた、「自己認識能力」という武器

僕自身について言えば、30歳を過ぎたあたりから、ようやく客観的に自分の市場価値というものが理解できるようになってきた、という感覚があります。 社会人としての経験がそれなりに長くなったこと。そして、それまでに3社ほどの異なる環境を渡り歩いてきたこと。それらの経験がフィルターとなり、「もし今、自分が別の場所へ飛び出すなら、どんな価値を提供できて、いくらで買われるか」というイメージが、解像度高く湧くようになったのです。

ここで誤解してほしくないのは、僕個人の市場価値が「高いか低いか」は、この際どうでもいいということです。 重要なのは、自分の現在地を正確に測る「自己認識能力(セルフ・アウェアネス)」を持っているかどうか、という点にあります。この能力は、ビジネスパーソンとして生きていく上で、持って生きて絶対に損はありません。

実際、現在僕が身を置いている環境は、現職の社長から直接「一緒に働かないか」と声をかけてもらい、入社を決めました。 その際、非常にスムーズに条件面の交渉が進んだのを覚えています。なぜなら、社長が僕に対して下してくれた評価と、僕自身が自覚していた「自分の市場価値」が、驚くほど正確に一致していたからです。

自分の価値を過大評価して傲慢になることもなく、過小評価して買い叩かれることもない。 この「お互いの認識のズレがない状態」がいかに心地よく、その後の仕事を円滑にするか。それを知れただけでも、30代の僕にとっては大きな収穫でした。

ジェットコースターの絶頂、そして「口だけ男」の刻印

しかし、最初からそんな冷静な自己認識ができていたわけでは、到底ありません。 僕のこれまでの社会人人生を振り返ると、それはまるでレールが激しく上下するジェットコースターのような波形を描いていました。

新卒として入社した1社目の頃、僕は文字通り「自信」に満ち溢れていました。 根拠など何一つない、若さゆえの無敵感。 「本気を出せば、自分に敵う奴なんていない」 「自分は誰よりも優秀で、要領がよく、勘がいい」

そんな風に本気で思い込んでいたし、その溢れ出るエネルギーのおかげか、社内でもそれなりの評価を受けていました。周囲にチヤホヤされ、自分の全能感を満たしていたあの頃、僕はもっと華やかで、もっと自分の才能を誇示できる世界へ挑戦したくなりました。そして、会社から評価されている真っ只中に、意気揚々と退職のカードを切ったのです。

今振り返れば、この時点で、自分の「真の能力」や「市場における価値」を、言語化して説明できればよかったのです。 けれど、当時の僕の中身は「空っぽ」でした。ただの環境の運と、若さの勢いだけで回っていたに過ぎなかった。

その化けの皮は、転職した2社目で、容赦なく剥ぎ取られることになります。

環境が変われば、前職のルールも、僕の「要領の良さ」も一切通用しません。 地道な実力と成果を求められる職場で、僕は何も生み出すことができなかった。1社目のような勢いだけで乗り切ろうとする僕に、周囲が下した評価は、冷酷な一言でした。

「あいつは、口だけの男だ」

そのレッテルを貼られた瞬間からの日々は、まさに地獄でした。 毎朝、会社に行くのが気まずくて仕方がない。自分の席に座っているだけで、周囲の視線が刃物のように刺さる。全能感の塊だった僕は、一転して「どん底」の暗闇へと突き落とされたのです。

結局、僕はその会社を逃げるように辞めました。 そこからの再起は、本当に壮絶でした。積み上げてきた自信は粉々に砕け散り、メンタルは完全に崩壊。過去の記事でも少し触れましたが、のちに「適応障害」を患う大きなきっかけとなったのは、間違いなくこの時の「自己認識の歪み」と、そこからの転落でした。

コンプレックスという燃料、そして暗闇を照らした「言葉」

あのどん底から、どうやって僕がもう一度這い上がってきたのか。 その転律となったのは、皮肉にも、僕の心の中に深く突き刺さっていた「コンプレックス」そのものでした。

「このままで、終わりたくない」 「口だけ男のままで、人生を終えてたまるか」

言葉にできないほどの悔しさと、自分への怒り。そのコンプレックスから過剰にみなぎるエネルギーは、人一倍強かったのだと、今では冷静に自己分析できます。

そして、そのエネルギーを正しい方向へと導いてくれたのが、別の記事でも書いた「読書」という習慣でした。 本を開くことは、先人たちの思考や社会の構造を学ぶと同時に、「自分の現在地を正しく知る」ための作業でもありました。本の中の言葉たちは、僕が犯した失敗の理由を、冷徹に、かつ客観的に教えてくれたのです。

同時に、僕を支えてくれた周りの交友関係にも、深く感謝しています。 僕がどれほど不格好に打ちのめされても、僕の可能性を信じ、もう一度打席に立つための勇気をくれた仲間たちがいた。 彼らの存在があったからこそ、僕は「かつての傲慢な自分」を綺麗に葬り去り、「自分の現在地を正しく理解した上で、もう一度泥臭く挑戦しよう」と思えるようになったのです。

闘争心を手放し、欲深く、淡々と生きる

現在の僕には、かつてのような「誰かを見返してやりたい」というギラギラとした闘争心は、もうありません。 他人と自分を比較して一喜一憂するステージは、あの適応障害の暗闇の中に置いてきました。

今の僕は、自分の人生に対して、非常に冷静です。 けれど同時に、驚くほど「欲深く」目標を持って、日々のタスクを淡々とこなしています。

誰かに勝つためではなく、昨日の自分を超えるために走る。 フルマラソンの完走を目指すのも、こうして自分のメディアを育てるのも、すべては「自分自身をどこまでアップデートできるか」という、僕なりの欲の現れです。

かつてに比べて、精神的なストレスは驚くほど激減しました。 大切な家族ができ、日々の何気ない瞬間に幸福を感じながら、自分の小さな努力や挑戦を、素直に「よくやった」と褒められるようになった。 ジェットコースターのような急激なアップダウンを経験したからこそ、今の僕は、なだらかな右肩上がりの軌跡を、自分の足で一歩ずつ踏みしめながら歩いています。

市場価値は、現在地を教える「GPS」である

話を最初に戻しましょう。

自分の市場価値を正しく理解する、ということは、自分の値段を見て一喜一憂することではありません。 現在の自分の価値が、たとえ自分が望むより低かろうが、あるいは思いのほか高かろうが、そんなことは本質ではないのです。

重要なのは、「現在地がわかるからこそ、次に何をすべきかが明確になる」という点です。

カーナビゲーションシステム(GPS)は、目的地を入力しても、現在地がバグっていれば正しいルートを案内してくれません。ビジネスも人生も全く同じです。 自分の実力を正確に知るからこそ、「じゃあ、今の僕にはこのスキルが足りないから、本業に全リソースを投下しよう」とか、「自分の影響力を広げるために、YouTubeやブログを始めて具体的な行動に移そう」という、ブレない次の一手が打てるようになります。

今、僕がこの場所で必死に言葉を紡いでいるのも、YouTubeで動画を投稿し続けているのも、すべては自分の現在地を認識し、その座標を少しずつ進めるための「具体的な行動」なのです。

もし、皆さんが「自分の進むべき道が見えない」と悩んでいるなら、一度、徹底的に冷徹に、自分の市場価値を計ってみてください。

それは、自社の中だけに閉じこもっていては絶対に不可能です。社外の人人間と交流し、異なる価値観に触れ、社会の構造を知る。そうした外の風に当たらないと、自分を映す鏡の解像度は上がりません。

毎日流れるニュースに耳を傾ける。 ビジネス書を1ページずつめくってみる。 自分の職種の求人情報を調べてみる。

そんな、誰にでもできる小さな行動から、まずは始めてみてください。 自分の値段を知ることは、最初は少し怖いかもしれません。かつての僕のように、自分の無力さに打ちのめされるかもしれない。

けれど、その痛みの先にしか、僕たちが本当に進むべき「浪漫溢れるルート」は現れないのだと、僕は確信しています。

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この記事を書いた人

ソウスケ / 浪漫企画 主宰

動画クリエイター。「ロマンは矛盾だらけ」YouTubeチャンネルにて、ガジェットやレザー、キャンプギアなど、実用性だけでは語れない“こだわり”を追求。

最新デバイスをアナログな鞄に詰め込むような、理屈を超えた「ロマン」の摩擦を愛する。この場所は、僕が選び抜いた道具たちの深い記録です。

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