効率と最適化。 僕たちが生きる現代は、この二つの言葉に支配されていると言っても過言ではありません。 音楽を聴きたければスマートフォンを開き、サブスクリプションサービスで数千万曲の中から「自分好みにパーソナライズされた」プレイリストを再生する。そこには一ミリの狂いもなく、ノイズひとつ混じらない完璧な音が流れます。
けれど、そんな完璧な世界に少しだけ息苦しさを感じたとき、僕の指が自然と伸びる道具があります。 それが今回ご紹介する「Sangean SR-32 AM/FMポケットラジオ」です。
なぜ今、あえてラジオなのか。 そこには、僕たちが忘れかけていた「道具を操る手応え」と、偶然という名の浪漫が詰まっていました。
Amazonの深淵で出会った、漆黒のスケルトン
このラジオとの出会いは、Amazonという広大なジャングルの奥深くを「ディグって」いた時でした。 ガジェット好きの性分として、特に目的もなく新しい「何か」を探し求める時間は、一種の儀式のようなものです。そこで偶然目に飛び込んできたのが、このSR-32でした。
一目で心を奪われたのは、そのデザインです。 Sangean(サンジーン)といえば、ラジオ好きの間では知らぬ者のいない台湾の名門メーカー。2024年に50周年を迎えた彼らが作るプロダクトには、長年の技術に裏打ちされた「本物感」が漂っています。
SR-32には、中身が透けて見える「クリア」と、僕が選んだ「ブラック」の2色があります。 クリアボディの、メカニカルなパーツが透けて見える「ガジェット感」も捨てがたかったのですが、最終的に僕の手元にやってきたのはブラックでした。 真っ黒ではなく、光の加減で内部がわずかに覗くスモークな質感。それが僕のデスクにある他の革製品や、無骨な道具たちと見事に調和するだろうと直感したからです。
届いた実物は、驚くほど軽く、そしてコンパクトでした。 手のひらに収まるそのサイズ感は、まさに「ポケットラジオ」の王道。けれど、安っぽさは微塵もありません。

50年の歴史が紡ぐ、受信感度という信頼
サンジーンは1974年の設立以来、半世紀にわたってラジオを作り続けてきたメーカーです。 彼らの歴史は、そのまま無線技術の進化の歴史でもあります。SR-32という小さな筐体の中には、彼らが50年間培ってきた「電波を捉えるための情熱」が凝縮されています。
最近のラジオはデジタルチューニング(ボタンで周波数を合わせるタイプ)が主流ですが、SR-32はあえてアナログな「ダイヤル式」を採用しています。 側面のダイヤルを親指でゆっくりと回し、ノイズの中から目的の放送局を探り当てる。 「サー……」という砂嵐のような音が、ある一点でスッとクリアな音声に変わる瞬間。あの「ピントが合う」感覚は、オートフォーカスのカメラでは味わえない、マニュアルレンズを回す時に似た快感があります。
特筆すべきは、その受信感度の高さです。 この小さなボディで、ここまで力強く電波を掴むのかと驚かされました。AMもFMも、室内であっても非常に安定した受信を可能にしています。これは、サンジーンが無線機の設計・製造技術を結集させて作った証なのでしょう。
仕事中のBGMを、あえて「不自由」にする
僕はこのSR-32を、主に仕事中のBGM再生機として愛用しています。 普段、動画編集や執筆作業をする際、かつてはSpotifyなどのストリーミングサービスを利用していました。けれど、自分で曲を選べる、あるいはAIに選ばれる環境は、時に「選択の疲労」をもたらします。
ラジオは違います。 流れてくるのは、僕の意志とは無関係に選ばれた音楽であり、誰かの話し声です。 今の時代にラジオを聴く習慣はなかった僕ですが、有線でこのSR-32を繋ぎ、ダイヤルを回して適当なチャンネルに合わせる。 すると、そこには「自分では決して選ばなかったであろう曲」や「見知らぬ誰かの日常」が流れ込んできます。
この「コントロールできない不自由さ」こそが、今の僕には心地よいのです。 デジタルな作業に没頭している最中、ふと耳に入るアナログなノイズ混じりの音声は、僕の脳に「余白」を作ってくれるような気がします。
Koss Porta Proとの、「美しき矛盾」な組み合わせ
そして、僕がこのSR-32を使う上で欠かせない「浪漫」があります。 それが、名作ヘッドホン「Koss Porta Pro」との組み合わせです。
1984年の発売以来、その姿をほとんど変えずに愛され続けているPorta Pro。 レトロフューチャーな外観と、チープな見た目からは想像もつかないほど豊かな低音。このPorta Proと、サンジーンのSR-32を並べた時のビジュアル的な相性は、もはや「犯罪的」と言ってもいいほど素晴らしい。
どちらも、長い歴史を持ちながら、変わらない美学を貫いているプロダクトです。 この二つを手に取り、3.5mmのプラグをカチリと差し込む。 その瞬間、僕のテンションは爆上がりします。
「何を聴くか」よりも、「何で聴くか」。 モノ好き、ロマンを愛する者として、このセットアップでラジオを楽しんでいる時間は、至福のひとときです。 今後、このブログでPorta Pro単体の記事も書くつもりですが、僕のEDC(Everyday Carry)において、この二つの相棒は切っても切れない関係になっています。

もしもに備える、実用的な浪漫
SR-32を所有する理由は、単なる趣味性だけではありません。 このラジオは、単三電池1本で駆動します。 今どきのガジェットはリチウムイオンバッテリーを内蔵し、USBで充電するのが当たり前ですが、災害時や緊急時を想定したとき、この「単三電池1本」という仕様は大きな安心感に変わります。
もしもの時、スマートフォンのバッテリーが切れ、ネット環境が遮断されたとしても、この小さなSR-32があれば、世界と繋がることができる。 高い受信感度は、災害情報の収集において大きな武器になります。 「普段使いの浪漫」が、そのまま「非常時の備え」になる。 これもまた、僕がこの道具を高く評価している理由の一つです。
最後に
Sangean SR-32は、決して「最新」の道具ではありません。 ノイズも入るし、ステレオスピーカーも付いていない。けれど、この漆黒のクリアボディに触れ、ダイヤルを回すたびに、僕は自分が「道具を扱っている」という手応えを強く感じます。
サンジーンが50周年を迎えた2024年。 彼らが歩んできた道は決して平坦ではなかったかもしれませんが、変わらぬ基準で製品を作り続けてくれたからこそ、僕は今、この素晴らしい相棒に出会うことができました。
大好きなアイテム同士を組み合わせて、自分だけのEDCを構築していく。 それは、効率主義の世の中に対する、僕なりのささやかな抵抗であり、最大の娯楽です。
もし、あなたのデスクに「静寂」が足りないと感じるなら。 あるいは、デジタルの波に少し疲れてしまったなら。 この小さなラジオを手に取って、ダイヤルを回してみてください。
そこには、あなたが忘れていた「懐かしくて新しい浪漫」が、ノイズの向こう側に待っているはずです。

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